第36話 亜人の衝動 | |
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第37話 頑健なる巨人 | |
第38話 合流 打倒シーディスへ | |
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第37話大通りの真ん中でギンとゴード。2人の亜人が対峙している。 亜人同士ではあるが、どちらも互いの意見を受け入れようとはしない。そうなれば戦闘もやむを得なかったといえるだろう。 2人の亜人は無言で、歩み寄っていく。どちらが先に攻撃を繰り出すのか。今の時点ではわからない。 互いの眼孔だけが光り、眼前の敵を圧倒せんと睨み合う。しかし、どちらも眼孔だけで怯《ひる》むほど柔な精神をしていない。 距離だけが一歩一歩縮まっていく。静かに、しかし確実に。 人1人分の間を開けた程度の距離まで近づいたときだった。 ゴードの顎《あご》が殴りあげられた。 その攻撃はほんの一瞬で放たれた、ギンのノーモーションアッパーによるものだった。 確かな手応え。しかし、妙な違和感を感じた。 ――なんだ? 今の感触は? 「ククッ……!」 「!」 殴られたゴードは口元をつり上げてニヤリと笑った。 「どうした? そんなものなのか?」 「なに?」 ギンが睨み返す。 「クッ……!」 ゴードが笑いながら大きく振りかぶる。そしてその巨大な手の平を開き、ギン目掛けて放つ。 ――な、なんだコイツ!? 瞬間。 凄まじい恐怖を感じた。 ギンはすぐさま一歩退き、その手をかわす。 その手は悪意に満ちている。捕まれば容赦なく握り潰される。もし腹を捕まれたら、瞬時に臓物をぶちまけることになっていた。 それがわかるくらいに、ゴードの手の平は恐ろしかった。 ――コイツやべぇ! 今までだって、様々な亜人と対峙してきた。しかし、今眼前にいる亜人は今までとは格が違う。 先ほど食らわせたノーモーションアッパーだって、まともに効いているのかどうかすらわからない。 「諦めろ。俺はお前が今まで戦ってきたような雑魚とは違う。俺を殺したければ、岩をも砕く魔術を持って制する意外ないぞ」 「ほ〜う。なら丁度いい! てめぇには実験体になってもらうとするか」 ゴードが目を細める。ギンには岩をも砕く魔術の心得が存在するらしい。 「ならば試してみることだな……」 ギンは自らゴードに接近する。ゴードの手の平に捕まれば一瞬で圧殺される。ならば離れて戦う方が安全といえる。 しかし、ギンには中〜遠距離攻撃可能な魔術は持ち合わせていない。ギンには接近戦しかない。ならば近づくほかない。 ギンは右手の黒手袋に魔力を込める。 「行くぞ!」 より一層、光る眼孔。 太陽に比べ遙かに光量の少ない月明かりは、かえってその瞳を輝かせる。 ギンは振りかぶる。右手の黒手袋に魔力が込められていく。直後、鈍く光る、拳が放たれた。 「インパクト・ブロー!」 回転のかかった拳。ゴードはその拳を自らの拳で受け止めた。 「ムッ……?」 「グッ……!」 ぶつかり合う2つの拳。しかし、ゴードの表情に、苦痛の色は見えない。苦痛を感じたのはギンの方だった。 ――やはり……かてぇ……なんなんだこいつ? ギンはゴードに明らかな違和感を感じていた。 ゴードが生物である以上、その肉体は皮膚で覆われているはず。いくら拳を鍛えても、その硬さに鉱物のような硬さが備わることはない。 しかしだ。 このゴードという男はまるで石か何かの用に硬かった。 先ほどノーモーションアッパーで殴り上げたときも、今ギンが放った拳が拳で迎撃された時も、痛みを訴えているのは常にギンだった。 「今のは少々痛かった……。皮膚が砕けたかと思ったぞ……」 ――チィ! っざけんじゃねぇ! 拳の硬さだけの差とは思えない。ギンとて今まで己を高める努力を欠かさなかった。亜人同士の戦いで敗北することなど考えられない。 ――いや……。 そこまで考えて、ギンは冷静に考え直す。 ――亜人同士だからこそ、開く差ってのもあるんじゃねぇのか? 亜人は人間とそれ以外の種族の特徴を兼ね備えた特殊な種族だ。人間とその相方の種族次第で個体差が生まれるのは必然だ。 つまり、この差は種族によって最初から定められた差ではないのか。 生まれた時から差がついている。こんな不幸があるだろうか? 「バカな!」 ギンは今考えていたことを自ら否定した。 そんなこと認めない。 生まれた瞬間から勝てない存在など認めない。 「負けられねぇ!」 ギンは右手をゴードに向けて伸ばす。そして、ゴードの左腕を掴み、そのまま体を捻って、投げ飛ばした。 「ウオオオオオ!!」 たまらず宙を舞うゴード。投げ飛ばされた先にはレンガ造りの家屋があった。 壁に激突する。その直後、まるで砲弾か何かが激突したかのように、ゴードの体が壁を貫いた。 そして、家屋の柱が折れたのか、家屋がガラガラと崩れ、一瞬で瓦礫《がれき》の山と化す。 「ハァ……ハァ……」 ギンは左手で右肩に触れる。 ――肩が外れる所だった……。 ゴードは見た目以上にはるかに重かった。我ながらよく投げ飛ばせたものだと思う。しかし、それ以上にギンは戦慄した。 ゴードの体がいとも簡単に壁を貫いたことに。 いくらギンが全力で人間を投げ飛ばしても、壁を突き破ることなどあり得ない。ましてやレンガの壁を破壊するなどあり得ない。 そして今、ゴードはわざと投げ飛ばされた。まるで抵抗がなかったのだ。 それだけ余裕を感じているのだ。ギンに対して。 次の瞬間。 瓦礫の山の中心からゴードが立ち上がった。 ガラガラと体中についた細かいゴミを手で払い、堂々とした佇まいでギンを睨んでいる。 「バ……バケモン……だな」 「どうした? もう満身創痍なのか?」 ――奴は……何の亜人なんだ!? ギンは幾年か振りに、亜人に恐怖し、戦慄した。 ゆっくりと緩慢な動きでギンに近寄るゴード。 ――か、勝てねぇ……。 ゴードの歩み。その一歩一歩が重く感じる。動き事態は遅いのに、威圧感が半端ではない。 さらに言えば、ギンは自ら攻撃しているはずなのに、ゴードにダメージは一切与えられず、自分だけがダメージを受けている。 勝敗は火を見るより明らかだ。 「諦めろ……お前に俺は倒せない。今退《しりぞ》けば、命は奪わん。黙って、俺達が作る新たな未来に生きればいい……」 凶悪な威圧感から放たれる言葉の一言一言はまるで魔術めいている。言葉そのものが呪いとなってギンの心に現実とともに突き刺さる。 ギンは既に圧倒されている。一切の反撃を受けていない。それなのにダメージを受けている事実が。ゴードの頑強な肉体と、自分の攻撃が通用しない事実が、ギンの心をへし折るだけの力があった。 格が違うとはまさにこのことだった。 ギンとゴードの差は一体なんなのか。それは、亜人内での種族の差。生まれながらにして肉体の構造が違う。それ以外に考えられない。 「俺は退かねぇ……」 しかし、ギンはゴードから目を反らさない。 瞳はまっすぐに、そして不敵に笑っていた。 ――チッ……。覚えたばっかの魔術は通用しなかったか……。だが、せめて一矢! 「青いな……」 「……?」 ゴードは不意に空を見上げた。どこか懐かしむように虚空を見つめる。 「俺にも……お前のような時代があった……。現実に逆らい、そして勝負を挑んだ。しかし、俺は勝てなかった……」 「…………」 ギンは黙ってゴードの話に耳を傾ける。 「俺は妹を救えなかった。人間に半殺しにされるのを、黙ってみているしかなかった……。気持ちだけで現実は変えられない。俺はそのことを身を持った知った……」 「妹……?」 「ああ、今でこそ元気だがな。結果、ある意味俺より強い亜人と化してしまったが……よもや不死身の体で復活するとは思わなかったからな」 「ま、待て! お前の妹って……まさか……!」 ギンは最悪の予想をした。不死身の肉体を持つ、女の亜人。そんなのはギンが知る限り1人しかいない。 「なんだ……レジーを知っているのか?」 「嘘だろ……」 「本当だ……。さて、昔話はここまでだ……。覚悟はいいな?」 「覚悟だ……と?」 ギンの言葉はそれ以上続かなかった。 何かが左肩を直撃したからだ。その何かは小さく、銃の弾丸か何かのようだった。 肩から血に塗れた何かが、ポロリと落ちる。それは極めて小さな小石だった。 「な、なにが……グッ……!」 「ほぅ……肩が貫通しなかっただけ誉めてやろう」 ゴードの口の中で何かがゴリゴリと音を立てている。ゴードが口から小石を発射したのだ。あたかも弾丸のように。 ギンの眼前にゴードが立つ。そして…………巨大な右手がギンの頭を掴んだ。 「ぐぅあ……!」 「フン!」 そのままギンの体を片手で持ち上げ、頭蓋に圧力をかけていく。 「ウオオオアアアアアアアアア!!」 ゴードの腕を両手で掴み、闇雲にゴードの体に向けて蹴りを連打する。しかし、やはりダメージはない。自分が痛いだけだ。 ゴードは無言で、歩き出す。そして、レンガ造りの家屋の壁の前で止まった。そして、ギンの頭蓋を掴んだまま、振りかぶり、ギンの後頭部をレンガの壁目掛けて勢いよく押しつけた。 「ガアッ……!」 ギンは小さな絶叫を上げた。同時にギンの意識が途絶える。 「ん?」 ゴードは妙な違和感を覚えた。 今までの経験から、ギンの後頭部から頭蓋が砕け、原型を失った脳漿《のうしょう》と血液が壁に塗りたくられるはずだった。 しかし、今回は違う。 ゴードはその理由を確かめようと、ギンの体をよく観察する。 すると、ギンの左腕が後頭部に回っていることに気づいた。ギンは自らの左手を下敷きにすることで、後頭部が直接レンガに直撃することを避けたのだ。 「大した根性だ……。まったく雑草のごとき生命力よ……」 ゴードはギンの頭を放した。ギンはまだ生きている。しかし、すでに興味は尽きていた。 ゴードは朽ち果てた石ころでも見るかのような目でギンを一瞥《いちべつ》し、その場から立ち去った。 「亜人……?」 「そう……あんたと同じよ」 レジーは妙に親しげに、火乃木に接してきた。座り込んでいる火乃木と視線と目線を合わせ、火乃木の瞳を覗き込む。 「様子……見てたわ……。今の今まで、あんたは人間を憎んだこと……なかったの?」 「そ、そんなこと……ない。人を憎むなんて……」 火乃木の声は震えていた。 否定したかった。自分は人間を憎んでいない。人間を憎むことは、零児を憎むと言うことと同じ。 だけど、自信が持てない。 さっき、自分の意志とは無関係に沸き上がってきたドス黒い感情。自分はあんなこと考えたことはない。あんな支離滅裂な憎しみの感情の奔流。そんなもの今まで感じたことがない。 「じゃあ、忘れてたんだ……。あんたの目、程良く濁ってるわよ?」 「え、え?」 「余程人間に心を許しちゃってたのね〜。安心なさいな。亜人は人間を憎むようにできてるのよ」 ――そんなの嘘だ。 火乃木は心で否定した。そんなの信じない。 「否定しても辛いだけよ? 亜人は生まれながらにして人間を敵視する存在。そういう呪いを受けて生まれてくるのだから」 「呪い……?」 「そう、呪い。1度人間を憎んだ亜人は、余程のことがない限り憎しみに捕らわれ続ける。あんたは今、必死に人間への憎しみを否定してる。でもね、どれだけ否定しても、噴出した憎しみは簡単には消えないわ。あんたはこれから、忘れていた人間への憎しみが、自分の感情とは無関係に噴出してくる。 もっとも、憎しみごと心が折れたりしたら、あっさり沈んじゃうんだけどさ……」 言ってることがよくわからない。 亜人は人間を憎む呪いを受けて生まれる? じゃあ、今まで人間を憎むことなく生きてきた自分は何なのか? ――あ、あれ? そう考えていると、また胸がムカムカしてきた。 人間のことが憎らしく思えてくる。 それはクロウギーンという同族に等しい存在の命を奪われたことに対する怒りにも似た感情。 感情は次から次へと沸々《ふつふつ》と沸いてくる。 「は……あっ……いや!」 火乃木は自分を抱きしめた。 怖い、怖い、怖い! 自分はどうしてしまったのか。 訳が分からない、意味が分からない。 ああ! 人間が憎い! 嫌らしい! ムカつく! 「ああ……イヤ! ……こんなのヤダ、ヤダ! ヤダ! レイちゃんに嫌われる!」 頭を抱えて体を振るわせる。髪が乱れるのも構わず、頭を掻く。 「やだぁ……やだよぉ……こんなのやだよぉ……」 目元に涙が浮かんでくる。自分自身が怖い。 「だから・さ!」 レジーは火乃木の顎を右手で持ち上げ自分の瞳を見つめさせる。 「!」 「あたしが手伝ってあげるわ。憎しみに身を委ねちゃいなさい……。それがあたし達、亜人の存在意義、亜人のアイデンティティー……」 「やめて……」 レジーの瞳が怪しく、そして真紅に輝く。 月明かりを背景に輝く瞳は、とてつもない不気味さを称えていた。 「やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」 「――!」 レジーは思わず身を引いた。 火乃木の絶叫。完全なる拒絶の意志。 レジーは心底つまらなそうに目を反らした。 「分かったわ。やめてあげる」 レジーはゆっくりと立ち上がった。 「詰まんない娘……」 火乃木に対する興味をなくし、レジーはその場から立ち去った。 火乃木はいつまでも自分を抱きしめていた。 ――ボクは自分が怖い。なんで? 自分の心なのに、なんでこんな嫌な感情ばっかり! ボクは今までどうやってこの気持ちを封印してきたの? 誰か教えて、誰か助けて! ボクがボクでなくなっちゃうよぉ!! |
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